1996年9月20日:創業
有限会社ジェネラルトレードカンパニー
(現株式会社ジェネラルトレーディングの前身)を設立
兵庫県西宮市上甲子園3丁目1番4号ウエダビル5Fに、有限会社ジェネラルトレードカンパニー(資本金300万円)を設立。自宅の自室が本社。
FAXと当時はまだ高価だったMACの下位機種を総額100万円で導入。
1996-97年:時計貿易ビジネス
- 千葉・ノムラ時計工房で1ヶ月入門し機械式時計の分解掃除を習得。
- バンコクでアンティークのチュードル(現チューダー)を仕入れ
- TASAKI時代のネットワークで卸売→50万円の仕入で150万円超の売上を達成
- 現地阪急百貨店の電話1本でGショックを転売(7,000円→1~1.5万円)
阪急電車とコラボ

阪急電車とコラボ

香港展開とオリジナル時計製造
1997年7月:アジア通貨危機
- アジア通貨危機の影響をもろに受け、ビジネスモデルの崩壊を経験
- 「自社で価格をコントロールできるビジネスモデルでないと生き残れない」と実感
香港への展開
- 低価格帯のオリジナル時計を製造することを思いつく
- 世界の時計の90%以上が香港で流通していることを知る
- TASAKI時代の直属の先輩が香港駐在決定のタイミングで初めて香港訪問
工場との交渉
- 通常最低ロット1,000本のところ、100本から製造できる可能性を発見
- 展示会後、2週間かけて観塘(クントン)・九龍城エリアの工場を交渉
- 通訳は1時間8,000円(最低4時間)という条件の中、熱意をとにかく伝えた
長期的パートナーシップ
- 20Cウォッチファクトリーと提携。Stephen氏・Riccard氏とタッグを組む
- 25年以上経った今でも交流があり、日本に来たら必ず会う間柄
- Riccard氏の結婚式には香港に招待され、息子と一緒に参加
